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アイエヌスタジオ 一級建築士事務所
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生活と連動したマルヒナードのための職業学校









1.序
20世紀後期にはじまるグローバル資本主義の台頭によって、先進国の都市はグローバルシティ(註1)となる一方で、メキシコシティをはじめとする第三世界の都市では貧困が再生産されている(註2)。こうした貧困層の家族はマルヒナード(註3)と呼ばれ、教育を受ける機会と熟練労働を経験する機会を逸していることから、低賃金の単純労働に就かざるを得ない。また彼らが住むスラムは、生活環境としては改善されるべき点が多いが、自ら作りながら住む自助建設による自律性を維持し続けており、そこに「建てること」と「住むこと」が今でも一致していることは注目に値する。こうしたマルヒナードのもつ生命力を、職業選択の自由が与えられないという社会的制約から解放するためには、スラムに教育および職業経験の場を提供する新たな空間的枠組みが必要である。そこで本計画では、マルヒナードが貧困の再生産から抜け出すための、生活と連動した職業学校を提案する。

2.敷地とプログラム
メキシコシティでは1950、60年代の高度経済成長期にスラムが拡大する一方で、都市への人口流入に対応した大規模住宅団地が行政により建設されはじめた。しかし1985年のメキシコ大地震により住棟の多くが構造的な被害を受け(註4)、現在それらは都市の不良ストックとなっている。なかでもメキシコシティのノノアルコ・トラテロルコ住宅団地(註5)では、富裕層が退去し、貧困層の住むスラムとなっているが、これを自助建設を通じて居住と仕事の場として作りかえているケースもみられる。また、団地の街区中央には先スペイン期の遺跡とスペイン植民期の教会のある三文化広場が中高層の住棟に囲まれており、文化的価値を損なっている。そこでマルヒナードの自助建設の力を用いて団地を改善し、文化遺産の価値を高め、住まいおよび教育と職業経験を得られる職業学校を作る。
職業学校の職種は、学外からの観光客を相手とするホテル、飲食店、観光ガイドと、接客の基礎となる語学学校を含む観光業、学内外の自動車や機械を扱う整備工と溶接工を含む機械工業、伝統的な工芸品と家具などを木工、金工、陶工、織工によって制作、売買する工芸ととする。職業学校の教員は既成の社会実習制度であるセルビシオ・ソシアル(註6)に参加する大学生と地元の技術者、生徒は同団地に住むマルヒナードである。

3.減築と建設の方法
マルヒナードが自助建設で空間を作り変える方法は、高層住棟の減築と、それで得られる廃材を用いた地表での居住部分の建設である。まず構造的な問題のある高層住棟を改善するために不要な高層部を撤去し、仕事場を確保するために既存住棟の壁を撤去する。次に壁からブロックとレンガおよび建具、スラブからRC面材、柱梁からRC軸材が得られ、これらを再び組み立てることで居住部分が作られる。減築において、職業学校から提供されるロードカッターとワイヤーソーを使う作業員によってスラブと柱梁が切断され、タワークレーンによって運搬される。次にマルヒナードが職業学校の技術指導を受けて居住部分の建方を行い、壁、建具、屋根はマルヒナードが施工する。居住部分はマルヒナードの生活様式と慣習的な構法に基づき、コモンスペースである路地や中庭の周りに接する、平屋か2階建の長屋である。長屋には路地をもつベシンダー型と、中庭と共用水場をもつパティオ型がある。また既存住棟から居住部分へ上下水道と電気を引き込む。水道のない住戸は浴場、便所、洗い場、上水タンクをもつ共用水場を利用する。

4.職業クラスタ 
各職種は仕事のための大空間をもち、これを倉庫、教室、作業場、居住部分など仕事をサポートする小空間が取り囲む。この職種に基づく機能と空間のまとまりを職業クラスタと呼び、これが職業学校の中心となる。職業クラスタの居住部分には同業のマルヒナードが住み、技術と知識を交換し生活を助け合うコミュニティの単位となる。観光業クラスタは、歴史ある三文化広場の周りを囲んだ外部からの客が集まる場所である。広場の周りにロッジアを設け、文化遺産に祝祭性と活気を与えるとともに、先スペイン期から現在までの構築物が一望できるテラス席をもつレストランとカフェを営業し、上階には広場への眺望をもつホテルが入居する。また広場の遺跡に隣接して、観光業の基礎をなす人類学と神学を含む観光学の教室があり、語学教室と本市場がこれに隣接する。機械工業クラスタは奥まった場所に機械と技術が集まる場所であり、マルヒナードが職業学校の内外から故障した自動車や機械を運び込んで修理する。鉄骨トラスの大屋根で覆われた広々とした工場をもち、その上階と周囲の地上階には、鋼製の建具や装置の製作をするための小作業場と、機材、材料、製品を保管する倉庫、職業学校の学生のためのコンピュータ教室が隣接する。さらに作業員が食事をするための露天街と、自動車整備工場のための駐車場が隣接する。工芸クラスタは樹木や軽い屋根の陰に手仕事によるものづくりが集まる場所である。青空市場の行われる広場の周りに、工芸品と家具を制作する異なった工種の職人がそれぞれ作業場として利用するための、壁のない積層した床とテントで囲われる工房をもつ。工房には倉庫が隣接し、職業学校外から運ばれた木材と工房での制作物が保管されるとともに、工房と三文化広場に隣接する市場では、これらの工芸品と家具が売買される。

5.結 
以上、本計画ではメキシコシティの不良ストックである住宅団地を対象に、マルヒナードの生活と連動した職業学校を提案した。このことで、貧困の再生産を強いられるマルヒナードと、構造的損傷を抱える住宅団地を引き合わせ、マルヒナードの自律的な自助建設の力を用いることで、彼らが自らの力で職業選択の自由を得て、より人間的な生活を目指すことのできる空間的枠組みを示した。

(註1) グローバルシティとは資本と労働の国際移動により資本が集中する都市である。サスキア・サッセン『グローバルシティ』(2001)
(註2) 2030年には50億人となる都市人口のうち、半数が非正規労働者となると予想されている。また、1970年以降ネオリベラルな資本主義がスラムを増加させてきた。 マイク・デイヴィス『スラムの惑星』(2007)さらに、メキシコ経済は目覚しく発展したが、分配が不平等なため、富裕層と貧困層の収入の格差が開いた。 オスカー・ルイス『貧困の文化』(1959)
(註3) 都市に出てきた農民で、適切な技術を持ち合わせていず、定職につけない生活基盤が不安定な人々が「マルヒナード」(marginado. 周辺人)と呼ばれている。オスカー・ルイス『貧困の文化』(1959)
(註4) 1955年以降に建設された建物に被害が多く、長周期波により中層から15層の建物が特に被害を受けた。DDF『1985年9月19日地震でのメキシコ市への影響報告』,ほか
(註5) ノノアルコ・トラテロルコ団地(Unidad Habitacional Nonoalco-Tlatelolco)はマリオ・パニが設計し1964年に建設された70000人のためのラテンアメリカ最大の住宅団地である。西街区は貧困層向け、中央街区は中産階級向け、東街区は富裕層向けに計画された。『GG MARIO PANI La Construcción de la Modernidad』(2005)
(註6) セルビシオ・ソシアル(Servicio Social)はメキシコの学士号取得のために必須の社会実習。貧困等による問題改善の手助けを通じて専攻の可能性を知ることを目的とし、2ヶ月から2年の間に、地方または都市圏で計480時間の学外実習をすることが義務付けられている。本計画ではそのうち半年~2年間の都市圏実習を利用する。『イベロアメリカ大学 セルビシオ・ソシアル学生資料』

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